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総会決議集
成年被後見人等が生活困窮状態にある場合に、介護保険又は生活保護のような全国一律で安定的な制度に基づき成年後見人等の報酬が支給されるよう、日本司法書士会連合会が調査提言活動等を行うことにつき承認を求める件
【提案の趣旨】
日本司法書士会連合会は、成年後見制度が社会や人の権利を支える根本的な制度であることに鑑み、被後見人等がどのような経済状況にあっても、介護保険または生活保護のような全国一律で安定的な制度に基づき、その後見人等に対して一定の報酬が付与され、被後見人と後見人が共に安心して制度を利用出来るような社会の構築に向けて調査提言活動等を行う。
具体的には、生活困窮状態にある方の後見人等の報酬の状況、成年後見制度利用支援事業等の公的私的報酬助成制度の状況、介護保険や生活保護や司法支援制度のような全国一律の制度として報酬助成する制度のあり方等につき調査研究を行い、内閣府(成年後見制度利用促進会議や委員会、専門家会議を含む)、法務省、厚生労働省、裁判所、日本司法支援センター、公益社団法人成年後見センター・リーガルサポート、日本弁護士連合会及び公益社団法人日本社会福祉士会等と協議のうえ、制度実現のための提言を行う。特定部門又は特別補助機関として対策部や委員会を設置するか否か、その場合の予算を予備費等の何れから充当するかについては執行部に一任する。
2016年(平成28年)06月24日
日本司法書士会連合会 第79回定時総会【提案の理由】
成年後見制度利用促進法が成立したことにより、今後、制度を利用する者の増加が見込まれている。制度利用者には生活困窮者も含まれており、とりわけこの生活困窮者が被後見人等(成年被後見人、被保佐人、被補助人をいう。以下同じ。)である場合の後見人等(成年後見人、保佐人、補助人及びそれらの監督人をいう。以下同じ。)に誰が就任し、その報酬をどう手当するのか、という問題が今後クローズアップされることになるであろう。
現在、親族はもちろんであるが、我々司法書士、弁護士、社会福祉士、社会福祉協議会、市民後見人などが生活困窮状態にある方の後見人等として就任している。そして、その報酬に関しては、無償を余儀なくされるケース、市民後見人等で予め無償を前提に活動しているケース、成年後見制度利用支援事業や、公益社団法人成年後見センター・リーガルサポートの委託による公益信託成年後見助成基金から助成を受けているケースなど様々であるが、成年後見制度利用支援事業は地域の実情に左右され、公益信託成年後見助成基金については制度を知らない者も存在するため、後見人等が自ら情報を集め、苦労して報酬を確保しているのが現状である。
今後は、市民後見人の活躍が期待されており、生活困窮者の後見人等に就任するケースも増えていくと予想される。市民後見人は、報酬を得る場合も無償の場合も様々な状況であるが、無償を前提とした場合には、将来にわたって幾つか懸念される問題も出てくると思われる。
一つには、市民後見人を持続的に確保できるのか、という点である。無償を前提とした場合、市民後見人は比較的お金や時間にゆとりのある高齢者である場合が多い。しかし、後見人等が高齢である場合には、後見人等が疾病や死亡により辞任する可能性が高まり、自ずから後見活動に安定性を欠いてしまう。と同時に、病気による業務中断や交代を見越して、中年層が後見人等となる場合より母集団を多く確保しておく必要にも迫られる。また、自治会活動等を見渡してみても同様であるが、現在の高齢者は中年層に比べると社会参加意欲も高く地域ネットワークへの理解もあり、資産にゆとりがあることも相まって、市民後見人を無償で引き受ける余力が高いと思われるが、今後、国家財政が不安視され、社会保障サービスも先細りが予想される中、現在のように意識の高い世代が連綿と続くのか、疑問無しとは言えない〔1〕。
他方、後見人等には20歳以上であれば様々な年齢層の者が就任できるが、困窮者の後見人等には高齢者が就任する割合が高まるとなると、同じ制度利用者の間に不均衡が生じる。更に、同じような後見活動を行っていて、一方は無償を前提とし、他方は有償を前提とするのでは、市民後見人が増えるにつれ不平等感が広がる可能性もある。加えて、裁判所としても、地域ばかりか団体によっても有償無償が混在することとなり、審判の際の実務や報酬体系の維持にも混乱を来すであろう。
以上の問題は、生活保護や介護保険のような、全国一律の報酬助成制度を敷くことで解決するであろう(成年後見制度利用支援事業の法制化なども考えられるであろう)。このような制度が確立されれば、仮に被後見人等が生活困窮状態にあったとしても後見人等は業務に専念でき、20歳以上の意欲のあるものであれば(リタイア組に限らず、例えば職の見つからない若者や再就職に困難を抱える中高年なども)積極的に後見活動に取り組むことができ、全体として後見の質の向上が期待できる。ボランティア活動に意義を感じる高齢者等は、助成を受けない形で社会貢献を実現できる。更には、裁判所も全国一律の制度であれば、報酬審判を行う上でも処理が簡便であろう。話は市民後見人に限らない。報酬が助成されることは、本人が生活困窮のためにぎりぎりの状態で支えている親族後見人を報いることにも繋がるであろう。
ここで現在の助成制度を振り返ってみるならば、成年後見制度利用支援事業は、平成25年度の集計では、全市町村の78%に当たる1360市町村が制度を導入しているものの、導入市町村の64%が市長申立にその対象を限定している。報酬助成を行った人数は、全国で768人であり、同年末の後見・補佐・補助の総数17万4565人の0.4%に留まっている〔2〕。今後も同事業は普及すると思われるものの、同事業は、厚生労働省通知等による市町村事業であり、必須事業ではあるが、自治体の財政や人的余力に依拠するため、全国一律の普及となると見通しが明るいとは言えない。また、公益信託成年後見助成基金は、リーガルサポートという法人の設ける基金としては嚆矢であるが、申請可能件数や助成額、利用年限などにつき、どうしても限界がある。現在これら両制度が社会に対して果たしている役割は非常に大きなものがあるが、やはり全国一律の制度に勝るものではないと考える。
勿論、新たな制度の導入には多くの障害が予想される。ただ、試算してみるならば、平成27年末の後見制度利用者は19万1335人〔3〕と、約20万人であり、ある書記官から聞いた予測をそのまま適用するならば、将来3倍の利用者が見込まれるというわけであるから、利用者は約60万人となる。60万人の制度利用者のうち、平成25年度の生活保護率1.7%〔4〕から高めに見積もって10%が生活困窮状態にあると考えるならば、6万人が助成対象者となる。ここに1人あたり25万円の年間報酬を助成すると150億円の財源が必要となるという結果が導ける。
この150億円という数字は、平成25年度の生活保護負担金予算額3.8兆円の0.4%に過ぎず、医療扶助の1兆6432億円、介護扶助の707億円に比べても小さな金額であり、不正受給額の173億円をさえ下回っている。しかし、この150億円で実現する社会が大変明るいものであることは、我々誰もが理解できるのではないだろうか。すなわち、政治にとっても、行政にとっても、そして裁判所にとっても、150億円でこれだけ価値のある制度の導入が実現できるのであれば、十分に前向きに検討する価値があると推測されるのである。
議案提出者も報酬を見込めない後見案件を抱えており、無償の活動の意義は理解している。そのため、世のボランティア精神を持つ方々の意欲は、大いに社会に役立てて頂くべきだ。しかし、国が人の権利と社会の根幹に関わる成年後見制度というものを置き、それを更に促進しようとする時、その基礎を人のボランティア精神ばかりに依存するとすれば、制度の将来はおぼつかない。
成年後見は一度開始されれば多くが死亡時まで利用される制度である。このような制度にあって、報酬が見込めないためになかなか後見人等のなり手が見つからないような被後見人等の一群が生まれるような事態を、決して招来してはならない。私達は、成年後見制度を支えてきた実績があり、その自負を持つ以上、制度に対する一定の責任を負っており、この制度の将来を確かなものとするべく、財産や収入の多寡にかかわらず誰もが安心して制度を利用できる環境の実現を目指して、調査・提言活動に尽力することこそが使命であると考える。
【既提出議案との密接関連性】
招集者提出の「議案第11号平成28年度事業計画決定の件 第3重点事業及びその他の事業 2社会的要請への対応 (5)成年後見・未成年後見への取り組みの強化」(定時総会資料p.221)には、「成年後見制度利用促進法関連二法の成立により、内閣府に設置される成年後見制度利用促進会議と成年後見制度利用促進委員会の議論の動向を注視し、制度改善への提言を行う。」とある。本件議案は、当該関連二法の成立に伴い行うべき制度改善の提言内容である点において、上記既提出議案に密接に関連するものである。修正議案とすることも検討したが、新たな制度の必要を社会に向かって提言してゆくことを内容とするものであるため、別議案として提出させて頂く。
〔1〕『町内会が消える? ~どうする 地域のつながり~』NHKクローズアップ現代平成27年11月4日 http://www.nhk.or.jp/gendai/articles/3727/index.html など
〔2〕『障害者相談支援事業の実施状況等の調査結果について』
厚生労働省社会・援護局障害保健福祉部より
〔3〕『成年後見関係事件の概況 -平成27年1月~12月-』最高裁判所事務総局家庭局より
〔4〕 次段落に至る生活保護に関する情報は『生活保護制度の概要等について』平成25年10月4日 厚生労働省社会・援護局保護課より